「求める人材像」から分析する日本企業凋落の原因

僕が愛読している電脳くらげ氏のブログ
明らかに高望みし過ぎている企業の「求める人材像」を読んで
思ったことがあったので今日はそのことを記事にしたい。


電脳くらげ氏が指摘している通り、会社の求める人材像はかなりハイスペックな
人格者であることが非常に多い。

例えば、氏のブログで取り上げられた花王の求める人物像は以下の通りだ。

花王の求める人材像

  • 1.自ら革新することに挑戦し続けられる、チャレンジを続けられる人材
  • 2.職務や役割に応じた、高度な専門性を身につけ、エンプロイアビリティーがあり、環境変化に強く、自らを律することのできる、高い専門性を持った人材
  • 3.グローバルな視点を持ち、世界の多様な技術や仕事の仕方に目を向け、学び、実践する、国際感覚豊かな人材
  • 4.双方向の対話に努め、協働による高い成果を生み出すことのできる、チームワークを大切にして、協働で成果をあげる人材
  • 5.価値観を共有でき、倫理観に富む、高い倫理観を持った人材


こんな人間はほとんど存在しないのだから求める人物像に
理想ばかり掲げるようはやめるべきだ、というのが電脳くらげ氏の記事の結論であった。

確かにその通りだと思う。
ほとんど存在しない人物を募集したところで応募してくる可能性は限りなく低い。


しかし、僕の個人的な意見としては、会社が理想的人物像を掲げて採用活動をするのは
大いに構わないと思う。

変にボーダーを下げて能力の低い人間ばかり応募してきたら採用する側も
エネルギーを使うことだろうし、その手間を省くためにも最初から理想高く
採用活動を行うのは全然良いことだ。


ただ僕は、そんなハイスペックな人間を並の条件で
採用しようとする会社側の姿勢はあり得ないと常々思っている。

花王に限ったことではなく、どの会社にも言えることだけど、
めちゃくちゃハイスペックな人物を求めているのに
給料は年収で数百万で休日は120日もあれば多い方だし
勤務時間も朝~夕の固定で自由度の欠片もない。

じゃあ、入社後に成果を上げれば年収は数千万に跳ね上がったり、
1~2ヶ月の長期休暇が取れたり、勤務時間も自己の裁量で決められるようになったり
するのかと言うとそんなこともあり得ない。

他の普通の社員と同じく数百万の年収で週末の休みだけを楽しみにしながら
朝から晩まで働かなければならないのだ。

こんな並の条件でハイスペックな人間が応募してくると本気で思っているのだろうか?


仮に僕が(例えば花王の求める人物像を満たすような)高い能力を持っているとしたら
そんな普通の条件しか提示しない会社には応募することは絶対になく、
もっと自分の能力をアピールして好条件で採用してくれるところに決めるはずだ。

多分、僕じゃなくても(その会社に勤める社員であっても)同じだと思うが、
そこに気付かないあたり自社を客観視する能力が致命的に劣っているのだろう。


ここ最近、日本企業の凋落っぷりが話題になっており、
自社の製品やサービスを客観視できずにトンチンカンな経営をしていることが
原因だとも言われているが、それは強ち間違ってはいないのかもしれない。



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