小学校教師から受けた理不尽な扱い

日本の学校教育は、刑務所もしくは軍隊かと言われるほどに理不尽なことが多い。

教師が正しいと言えば例え間違った内容であっても正しいこととして認識しなければならない(今話題になっているかけ算の順序の話なんて正にそう)し、参加したくない行事(体育祭、学校祭、合唱コンクール等)にも「団体行動」や「協調性」を学ぶという目的で必ず参加しなければならない。

こういった教師からの理不尽な命令や全体主義が蔓延する学校教育の延長線上に、上司からの命令は絶対であり協調性やチームワーク(という名の不幸の共有)を大事にする日本社会の仕事観が存在しているといっても間違いではないだろう。




そんな学校教育において、僕は小学6年生のときに非常に理不尽な出来事に巻き込まれてしまった。

ある日の学級会の議題は「生徒会長選挙への立候補者の選出について」だったのだけど、いくら時間がたっても僕のクラスからは誰一人として立候補者が出なかった。しかし、学校の決まりで「6年生の各クラスから必ず1名の立候補者を出さなければならない」と決まっていたので、最終的にクラス内での推薦により立候補者を決めることになった。

その結果、僕が大勢のクラスメイトからの推薦を受けて立候補者となってしまった。僕が選ばれた理由は単純明快、クラス中の誰もが立候補者になりたくなかったので、自分が推薦される前にみんなで僕を推薦して立候補者に仕立て上げてしまったからである。



生徒会長への立候補など全くやる気がなかった僕は、正直にやる気がない旨ややる気がない人間が立候補しても仕方がない旨、公平にクジ引きで決めるべきであるということを教師に力説したのだけど「それは立候補をしなくて良い理由にはならない。」と却下されてしまった。曰く、「みんなに推薦されて決まったことだから。」とのこと。全く理由になっていない。

教師側の事情としては、クラスの代表である立候補者の選出をクジ引きという適当な方法で決めるのではなく、(例え形骸化していても)クラスの皆から推薦されて立候補者が決まったという事実が大事だからクジ引きは断固として拒否したのだと思うけれど、貧乏クジを引かされた僕にとっては全くもって迷惑且つ理不尽な話である。



別に、クラスメイト達からの推薦で立候補者に仕立て上げられてしまったこと自体は仕方のなかったことだと思う。クラスメイト達は自分が立候補者になるのを避けるためにたまたま僕をスケープゴートにしただけであって、仮に僕以外の誰かが推薦のターゲットになっていたとしたら、僕もその人を推薦していたはずだからだ。

理不尽なのは、生徒達がスケープゴートを用意した後にこれ幸いとそれに便乗してきた教師である。学級会が終わるまで何度も抗議したが最終的にはしつこいと逆切れ気味に言われて僕は泣く泣く生徒会長選挙へ出馬することとなった。

また、「6年生の各クラスから必ず1名の立候補者を出さなければならない」というルールも理不尽極まりない。自主的に立候補したいという生徒がいないクラスから無理やり立候補者を出す意味はあるのだろうか?僕は今だにその必要性が理解できない。



選挙活動期間は、演説内容を考えたり、給食の時間に各クラスを回って実際に演説をしたりという毎日が続いたので学校へ行くのが嫌で仕方がなかった。しかも、しなくても良い苦労を散々した結果、生徒会長選挙は落選という寂しい結果に終わった(かと言って絶対に当選はしたくなかったけれど)。

そんな結末を迎えた生徒会長選挙への立候補事件は、僕が教師や学校に対する理不尽な行いに不信感を覚えるには十分過ぎる出来事だった。



   スポンサーリンク