「厳しさ」と「理不尽」は全く異なる

先日も記事にしたが大阪市立桜宮高校の男子バスケットボール部の男子生徒が顧問からの体罰を苦に自殺した事件について、再び記事を書きたいと思う。

体罰を行った顧問曰く「指導に熱が入り過ぎた。」とか「厳しく指導を行った。」という言い分があるらしいがこの点がかなり意味不明である。指導に熱が入るのも、厳しく指導を行うのもそれ自体は全然問題のないことであるが、なぜ指導に熱が入ったり、厳しく指導を行うと体罰が出てくるのだろうか。僕の勝手な推測だけど(でも、多分当たっていると思う)、おそらく体罰を行った顧問は「厳しさ」と「理不尽さ」を混同しているのだろう。

部活の目的が「試合で勝つこと」である以上、勝つためにはそれなりの練習をしなければならない。例えば、基礎体力をつけるために毎日10kmのランニングをしたり体育館で何十本もダッシュを行ったり、フリースローの成功率を上げるために何百本もひたすらシュートの練習をしたり、というような選手としての能力を上げるための厳しい練習であれば練習途中にぶっ倒れたり吐いたりしてでもやる必要がある

このように練習そのものが「厳しい」というのであれば部活動として何も問題ないだろう。(ただし、無計画に量だけこなすような無意味に辛い練習をするのは問題外である。あくまでも選手の能力を伸ばすことができ、且つ長期的にみて故障しない内容の練習である必要がある。)

しかし、「厳しさ」と「理不尽」を混同している顧問は部活の練習そのものを厳しくするのではなく、生徒に体罰を与えるという方法を選択してしまった。この場合、練習や試合でミスをしたら顧問に殴られるだけだし、生徒は殴られたからといって選手としての能力が上がるわけではない。上手くなるための練習をしているわけではないのにミスをしたら殴られる、という厳しさでも何でもないただ単に理不尽な環境なのだ。

今回はたまたま生徒が自殺して大事件になったためにこういった暴力教師の暴走がクローズアップされているが、全国的にみて同じように「厳しさ」と「理不尽」を混同して無意味に暴力を振るったり罵声を浴びせたりする教師が数多くいることだろう。僕自身の学生生活の経験から考えてもそういった教師は非常に多い印象がある。小中高と学校に通ってきている人であればそういう教師の一人や二人はすぐに思い浮かぶのではないだろうか。

「厳しさ」と「理不尽」が全く別物であることは考えなくてもわかりそうな気がするが、学校という聖域で長年暮らしている教師の中にはその区別ができない人が多いようだ。今後、同じような事件が起きないようにするためには、「厳しさ」と「理不尽」の違いを教師に徹底的に教えこむ必要があると思う。



   スポンサーリンク