「東京トイボックス」・「大東京トイボックス」と仕事のやりがい

弱小ゲーム会社のゲーム開発現場を舞台にした「東京トイボックス」・「大東京トイボックス」(作者:うめ)という漫画がある。以前から読みたいと思っていたので、先日大人買いして一気に読んだ。


弱小ゲーム会社の開発現場の物語だけあって、序盤は開発が失敗すれば倒産確実な経営状況、様々なトラブルに見舞われて終電や休日出勤どころか会社に連日泊まり込む、働き過ぎで社員がぶっ倒れて病院送りになる、経営状況から察するに少なくとも物語序盤においては残業代の支払いは皆無である等々、端からみればブラックな労働環境ここに極まれりという感じなんだけど、登場人物全員に悲壮感が一切なく熱い展開が多かったため読んでいて思いっ切りのめり込んでしまった。



ブラック云々の話はとりあえずおいておくとして、登場人物全員が仕事に全力投球できているのは、全員が「ゲームを作りたい!」というやりがいと主体性を持って前向きに仕事に取り組んでいるからであることは間違いない。特に、主人公の天川太陽や新人の百田モモは学生時代に自分が遊んだゲームから大きな影響を受けたことがきっかけとなってゲーム業界にいるので、ゲーム作りに対するやりがいが人一倍強いのだと感じる。

確かにお金を稼がなければ食べていけないという意味では間違いなくゲーム作りも普通の会社員としての仕事なんだけど、本人達は会社員として仕事をこなしているというよりは、学生時代の学校祭の準備をしているような気分なんじゃないだろうか。色々なトラブルに見舞われて、仲間と意見をぶつけ合って、作業が終わらないから夜遅くまで学校に残る。外野から見れば「何でこいつらこんなに一生懸命にやってんの?」と言われてしまうような状況であっても本人達は仲間と一緒に一つのものを作り上げる過程が楽しくて仕方がないのである。そんな学校祭の準備の延長線上でゲーム開発をしているからこそ過酷な現場でもやっていけるのだと思う。



というのが「東京トイボックス」と「大東京トイボックス」を読んでの感想なのだけど、そう考えると仕事におけるやりがいというのは主体性があってこそなんだなと感じる。

実際の仕事においてはやりがいを持って仕事に臨むように言われることがしばしばあるが、そんなことを言われて「よし、やりがいを持って仕事に取り組もう!」と心の中に無理やり作り出したやりがいは本当のやりがいではなく、「ゲームが好き過ぎて気が付いたらゲーム業界でゲーム作ってました。」のような三度の飯よりも何よりもゲーム作りが好きという気持ちこそが本当のやりがいなのだと思う。

ま何となく就いた仕事が予想外に面白くて気が付いたらのめり込んでました、ということもないわけではないのかもしれないけど全体からすればかなり稀だろう。



やはり、大きな夢や希望を持たない普通の会社員相手にやりがいの大切さを説いて、やりがいの力で仕事に全力投球させようというやり方は適当とは言えない。やりがいを原動力に仕事に邁進できるのは極一部の限られた人達だけの特権なのである。

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