「社畜」という言葉の意味について改めて考える

このブログのタイトルにも入っている「社畜」という言葉。新年一発目の記事ではこの言葉の意味について考えたい。

辞書を引いてみると社畜という言葉の意味は以下の通り。

しゃ‐ちく【社畜】
《会社に飼い慣らされている家畜の意》会社の言いなりになって、つらい仕事でも文句も言わず働いている会社員を、皮肉を込めてからかう語。
[補説]小説家の安土敏の造語という。
※goo辞書(小学館「デジタル大辞泉」)より

一応調べてみて「社畜」というネットスラングとしか思えない言葉が辞書に載っていることに驚いたが、補足にもあるように小説家の安土敏氏が作り出した造語ということらしいのでただのネットスラングというわけではないらしい。これは正直意外だった。


さて、社畜という言葉の意味について、「会社に飼い慣らされている家畜の意」ということで間違いないとは思うけど、どうにも少し違和感があると僕は思う。というのも、一番重要な要素である「会社に飼い慣らされることを他人にも強要する」という点が抜けているからである。

純粋に考えれば「会社」+「家畜」=「社畜」なのだから意味としては「会社に飼い慣らされている家畜」でも通るのだけど、社畜が本当に飼い慣らされているだけであれば、社畜が問題視されることはあまりなかったのではないかと思う。何故なら、上司や先輩、同僚に社畜がいたとしても、「あいつは休みも取らずに会社に滅私奉公して凄いなぁ。まあ、俺には真似できなけど。」で終わるだけの話だからだ。

しかし、現実には滅私奉公が社畜の中だけで完結することはなく、他人にもそれを強要してくる。だからこそ周りの人間は迷惑を被っていて社畜に関する話題が後を絶たない。


僕は、自分一人が身を粉にしてひたすら会社に尽くしているだけの社畜についてとやかく言うつもりはない。そういった人については好きなだけ仕事をして生きていけば良いと思う。それがその人の生き方なのだから僕があれこれ口を出すのは筋違いだ。しかし、他人に社畜化を強要する社畜については徹底的に批判をしていきたいと思う。みんなで足を引っ張り合って一緒に会社に尽くし不幸になろうなんて考え方は馬鹿げていてとても賛成できるものではない。


ということで、当サイトでは基本的に「社畜」という言葉は

  1. 《会社に飼い慣らされている家畜の意》会社の言いなりになって、つらい仕事でも文句も言わず働いている会社員を、皮肉を込めてからかう語。(辞書通りの意味)
  2. 1を同僚や部下にも強要する会社員のこと。(当サイトで独自に定めた意味)
として使っていくつもりだ。

ブログを始めてからそろそろ一ヶ月になるけど、今まであやふやだった「社畜」という言葉について新年一発目の記事でしっかりと定義することができ、なかなか良いスタートを切ることができたような気がする。これからも一生懸命社畜批判の記事を書いていきたいと思うのでよろしくお願いいたします。



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